柴田教授のひびきの放送局 (Prof. Shibata's Blog)

九州工業大学大学院生命体工学研究科の柴田智広教授の公式ブログです (Official Blog of Prof. Shibata)

個性を数理モデリングする

私は、東北大学大隅典子先生が統括する、新学術領域「個性創発脳」

の計画班代表を務めています。

ニュースレターがこれまで7巻発行されています。各巻大変充実していて、毎回最後には計画班代表のコラムがあって、私はこれも楽しみにしています。今年3月に発行されたvol.7のコラム担当は私でした。個性のモデル化に興味のある方はぜひご一読ください。

======================================

f:id:tshibata:20200630122349p:plain

 個性とは何か、個体差との違いは何か、この哲学的で学際的な議論が本新学術領域では度々なされます。私はこの素晴らしい議論の時間を、毎回脳をフル回転させながら心から楽しんでいます。なんて知的で贅沢な時間なんでしょう! そして、過去のコラムを読むと、各先生がそれぞれ定義を試みられていたり、また領域として定義を収束するべき か否か悩む先生もおられたり、これまた本当に面白い。
 さて私はというと、A03班の計画班『「個性」を発見するマーカレス表現型記録・マイニングシステムの開発』の代表を務めています。そして、これまでの領域会議などの経験から、A02班の星野先生やA03班の郷先生とかなり近い考え方をしていると感じています。ちょうどニュースレター第4巻のコラム担当の郷先生が、「次元圧縮」というキーワードを用いて議論をされていて、特に種に固有の個性に対する興味を披露されていました。私もこれまで機械学習法を用いた次元縮約(圧縮)により、パーソナリティ研究におけるキーワードでもある「共通次元」「非共通次元」が見いだせないか、と研究を進めています(後述)。また、ニュースレター第6巻のコラムでは、星野先生が統計物理学の観点から、個性とは、「温度」や「時間」と同様にバラバラの要素にしたのではその意味を失ってしまう、マクロの概念である、と述べられました。
 ところで、私は上記のような数理的考え方が合理的で好きである一方、「個性」とはヒトが感じているものなので、社会的認知の側面を考える必要があると思っています。2017年にA01班集会での私の講演「個性は生物に内在するか」も、この社会的認知の側面を考えてのタイトルでしたが、講演内容は最終的に前記のような数理的な話にかなり収束させてしまいました。個体差の発現は、A02班の中島先生のエピジェネティクス研究をはじめ、多数のエビデンスの下、一般に環境・社会に多大な影響を受けることはコンセンサスが得られていると思います。そもそも個体差とは個体の代表値が無いと定義できないので、社会的な定義になっているとも言えます。前述の星野先生の定義では、一個体の個性(マクロ状態)を定義するのに、多数の粒子(特徴)や粒子の状態遷移が必要でした。これをヒトの研究に適用しようとすると、例えば、パーソナリティ研究におけるビッグファイブ(神経症傾向、外向性、経験への開放性、協調性、誠実性)というマクロ状態をよく表す特徴量や状態遷移則は何か、ということになります。パーソナリティ研究分野では膨大な議論がなされているとは思いますが、本新学術領域では、ゲノム表現から行動表現、さらに環境・社会の影響や進化まで考えて、ヒトが感じる「個性」というマクロ状態をよく表す特徴量や状態遷移則を探すことが長期的な目標である、と私は考えています。

 そこで当計画班では、マルチモーダル高次元データをノンパラメトリックベイズ法により非線形モデリングすることで、個体間に共通な多様体(特徴空間)と非共通な多様体(特徴空間)を抽出、個性の解析を進める方法を提案し、具体的に前腕の筋活動データに適用することで、一定の成果を出すことができました(参考文献)。しかし、個性の多層理解には程遠い状況です。今年も、領域メンバの皆さんから多様で多大な刺激を受けつつ、着実に前進していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
【参考文献】 Dviwedi, S.K., Ngeo, J.G., and Shibata, T. Extraction of Nonlinear Synergies for Proportional and Simultaneous Estimation of Finger Kinematics. IEEE Transactions on Biomedical Engineering, IEEEXplore early access page, 2020.1.16 (DOI: 10.1109/ TBME.2020.2967154). 

======================================