柴田教授のひびきの放送局 (Prof. Shibata's Blog)

九州工業大学大学院生命体工学研究科の柴田智広教授の公式ブログです (Official Blog of Prof. Shibata)

西田知史 博士(京都大学)

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今回は,NAIST修士課程で指導した西田博士に手記を寄せてもらいました.西田博士は,私が共著者の講談社ブルーバックス「知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦」を読んで私を知ったそうで,「この本は、認知神経科学に強い興味を持つきっかけの一つとなった」とのこと.彼はNAIST情報科学研究科の最優秀学生賞を獲得し,以下の手記にあるように,京都大学大学院医学研究科へ神経生理学(電気生理学)研究をしたいと巣立っていき,博士号取得,研究員ポスト*1獲得と,着実に未来を描き歩を進めています.

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1.修士課程でどんな研究をしたか

 NAISTでは柴田先生の指導の下,視覚心理実験と数理学的手法を組み合わせて,視覚的注意*2の認知メカニズムに関する研究を行いました.特に,視覚世界を構成する物体が、視覚的注意の選択過程にどのように影響を与えるかについて調べました.

 視覚的注意には、視野内の目立つ刺激に対して自動的に向けられる「ボトムアップ性の注意」と,意思や目的に従って意図的に操作される「トップダウン性の注意」の二種類が存在します.私が考案した視覚心理課題を遂行中のヒトの行動を分析した結果,物体知覚の影響を受けるのはトップダウン性の注意のみだと分かりました.すなわち,物体知覚に関わる神経信号は,高次脳領野で統合された結果,意図的な視覚情報選択の過程に潜在的にバイアスを与えることが示唆されました*3

 

2.博士課程で京都大学に進学した理由と成果

 修士課程で視覚的注意の認知メカニズムに対する考察を深めて行くうちに,実際の神経活動で自分の考察を確かめたいという欲求が増して行きました.そこで博士課程では,サルを用いた電気生理学的アプローチにより視覚的注意の研究を行う京都大学大学院・河野研に進学しました.

 動物を用いた実験は新しいことだらけで,馴れるまではとても戸惑いました.しかし実際のニューロンの発火活動を観測し,記録したデータを分析して仮説検証を行うことは,私の理解を深める上でとても重要でした.視覚的注意の認知メカニズムに対し,ニューロンレベルの計算原理まで視野に入れて,具体的な考察が行えるようになりました.また,修士課程で身につけた数理的手法は,神経活動データの分析を行う上でとても有用でした.博士課程で行った研究の成果により2報の主著者学術論文を出版することができました.

 

3.今後の展望

 2014年度より所属が変わり,京都大学こころの未来研究センター・船橋研にて博士研究員として研究に従事します.今後の研究では,単一のニューロン活動と機能の関連だけでなく,複数ニューロンの集合体としての神経回路と機能の関連に焦点を当てて行きたいと考えています.そのためにはこれまで以上に複雑なデータを扱う必要があり,修士課程で学んだ信号処理や数理統計の手法を応用していく予定です.神経細胞活動記録,薬理学的・光遺伝学的な操作,さらには神経回路の計算論的モデリングなど様々な手法を組み合わせ,視覚情報処理における神経回路レベルの計算原理を明らかにしていきたいと考えています.

 

4.九工大の卒研生や院生へのメッセージ

 研究が学部時代の実験や課題レポートなどと大きく異なるのは,誰も答えを知らない問題に取り組むという点です.従って,その研究が上手く行くか行かないかは,実際にやってみないと分かりません.逆に言えば,やってみないことには何も得られないのです.特に研究を始めたての頃は,ゴールの見えない問題を解くことに慣れていないために,あれこれ考えて手が止まってしまいがちです.そんな時は直面した課題を全力でひたむきに解いて行くことを心掛けてください.小さな前進が積み重なることで,やがて大きな成果となり,同時に研究者として成長していけるはずです.そんながむしゃらさも,研究には重要だと思います.

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 西田さんが京大大学院に移るという話を聞いたときには,正直なところ大変な痛手だなぁと思いましたし,今から電気生理学に携わって大丈夫なんだろうか,という心配もしました.しかし,彼の確固たる信念と,河野先生や小川先生の素晴らしい指導により着実な成長を遂げている様子を見て,とても良かったと思っています*4.博士課程進学後に,二本,私との共著論文*5を出版することもできており,今後もお互いに切磋琢磨していくのがとても楽しみです.

*1:京都大学こころの未来研究センター研究員

*2:私たちの目から入力される視覚信号には非常に膨大で複雑な情報が含まれています.そのような視覚情報から必要な情報のみを選択し,効率的に処理するための認知機能を「視覚的注意」と呼びます。

*3:http://dx.doi.org/10.3389/fnhum.2014.00090

*4:学位授与式では医学系研究科代表に選ばれたそうです

*5:1本は注1の論文.もう1本はhttp://dx.doi.org/10.1093/cercor/bht031